博士と秘書のやさしい恋の始め方
先生方がどれくらいご存知なのかは知らないけれど、秘書には秘書のネットワークがある。

遊佐先生のことは、以前に秘書の山根(やまね)さんから聞いたことがあった。

社交術に長けていて、上の先生方からも随分可愛がられている若手の有望株だとか。

フレンドリーでオープンなようでいて実はけっこうな秘密主義だとか。

他人のプライベートな話は聞きだすくせに、自分の話になると持前の話術でうまくかわして絶対に立ち入らせないとか。

「あの顔でモテないわけないんだから。あの子、裏で相当悪いことしてると思うわ」と、ベテラン職員で切れ者の秘書の山根さんは睨んでいたけど――。

「遊佐先生のご専門は環境経済学、でしたよね?」

「知っててくれたんですか? なんか嬉しいなぁ」

この人、研究者っぽくないな……。初めて話した遊佐先生の印象はそれだった。

研究者にありがちな野暮ったさがまるでなくて、お洒落で軽やかで。笑顔にとても華のある人。

広告代理店なんかにいそうな感じがした。遊佐先生はどちらかというと文系寄りの先生なので。職人気質の理工系の先生方とは雰囲気が違って当然なのかもしれない。

飲み会は和気あいあいと和やかに盛り上がり、思いがけず私も遊佐先生とドイツの話で会話が弾んだ。文化のことや環境のこと、本当に話題は尽きず楽しかった。

お開きになる頃には、私は二酸化炭素の排出権取引のしくみを知り、遊佐先生はドイツ語のちょっと難しい発音をいくつかマスターしていた。

そして、帰り際に互いのアドレスを交換した。

土曜日に遊佐先生がふらりと私の部屋へくるようになるまで、あまり時間はかからなかった。
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