博士と秘書のやさしい恋の始め方
とりあえずコーヒーでも飲んで少しでも頭を切り替えよう。

そう思って俺は「ふぅ」と小さく息をついて立ち上がった。

するとそこへ、申し訳程度のノックとともにRAたちがどやどやと入ってきた。

彼らはこの春にやってきた東南アジアからきた大学院生たちで、全員が日本は初めて。

ラボでの共通語は英語だが、日本語の勉強に熱心で、何かというと山下さんを頼りに居室へやってくる。

「山下サン、チョットだけイイですか?」

まだまだたどたどしい日本語で話し始めたのはベトナム人のグエンさん。

手には何やら日本のガイドブックらしき本を持っている。

「えーと……“フリン”はドコにありますか?」

さらに詳しく説明しようと本のページをめくって探すグエンさん。

“フリン”はどこにあるかって、いったいなんのことだ? 

ひょっとして“プリン”の間違いか? 

そんなことをぼんやり考えている俺を――山下さんがじっと見ている!? 

しかも……悲しそうな、困っているような、或いは少し怒っているような、なんとも言えない表情で。

そんな彼女の横で、相変わらず忙(せわ)しくページをめくるグエンさん。

探しているページはなかなか見つからないようである。

それにしても、山下さんのこの表情は、この目は、いったいどういう……。

俺は責められているのか? いやいや、責められるような心当たりはとくにはない。

見方によっては何か訴える表情にも見えるが、なんだろう? 
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