記憶ノ時計
ということになり、私は入野家にお邪魔させてもらうことになったのです。


「綾那。あれが俺たちの家だ。覚えてないか?」


涼馬はタクシーの窓から見える大きなお屋敷を指さした。


私はそれを食い入るように見つめていたけれど、記憶の片隅にもなかった。


「ごめん…全然覚えてない…」


私は申し訳なくて下を向いた。


本当に私ってなにも覚えてないんだ…。自分の名前しかわからないんだから…。


すると、涼馬は私の頭に手を置いた。


「そう落ち込むな。お前の記憶なんて、きっとすぐ戻る」


「そう…だよね。ごめん、心配かけて」


「お前は昔からネガティブ思考なんだよ。そんな不安になったって、自分を追いつめるだけだ」


涼馬はいつも笑わないくせに、私に微笑みかけてくれた。


黒い縁のメガネの奥のきれいな瞳に、私は不覚にも少しドキンとしてしまった。
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