イージーラブじゃ愛せない


「……意味分かんない。別にこのまましたっていいけど、なんか成瀬先輩面倒くさいから今日は帰ります」


ほどかれた腕からするりと身体を立ち上がらせると、成瀬先輩は私をまっすぐ見上げて

「……そうか」

とだけ呟いた。


無言のまま玄関まで行くと、後ろを着いて見送りに来た先輩が

「今日は思えなくても、俺が必要だと感じたらいつでも言え。どんな可愛くない態度でもちゃんと受けとめてやる」

別れ際にそんな事を言った。


「またベランダに蝉が来たら退治してくれるって事ですか」


フッとふざけた笑いを零して顔を向けたけれど、成瀬先輩は

「それでもいい。なんでもいいよ、柴木が俺を必要なら」

そう言ってシャープな目元を柔らかく細めただけだった。





自分の部屋へ帰ると、寝室の香りが少し変わってる気がした。

どこか懐かしい。私のコロンとジョージのシトラスが混じった香り。


その匂いに誘われるように、壁に掛けたジョージのスーツにそっと触れる。


思い出すのは、私の事を何度も何度も『大切』と言ってくれた友達の顔。


つまんなくて本当どうでもいい私の心と身体だけど。

ジョージが大切にしてくれてた時は、他の男と寝ないでおこうって思えたのも確かで。


それが成瀬先輩の言う『人に委ねた価値』なのか、それとも自分の頭で考えた事なのか。私には区別が着かないけれどさ。


とりあえず今日のところは、成瀬先輩の部屋よりは自分の寝室で眠りたいと思った事だけは確かだった。





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