姉さんと僕
鼻で恋をする
「人間はね。鼻で恋をするんだ」



 僕が部屋に入ったとき、姉さんは片手にコーヒーカップを持ち、一人ベットに腰をかけていた。部屋を照らすのは満月だけで、映画のワンシーンみたいだ。
そして姉さんは僕の方を振り向き総てを知っているかのようにさっきの言葉を語った。


 きっと知っていたんだ。
 僕が今日失恋したことも、
 姉さんに用が有ることも、
 この後僕が告げることも。
「目はつぶれるし、口は閉じれる、耳は手で塞げばいいし、手は触らなければいい、
でもね、鼻はちがうんだ。呼吸をしないと死んじゃうからね。だから神様は鼻で恋をするように人間を作ったんだ。
そうすれば恋を見逃さないからね。君が失敗したのは目で恋をしたからだよ。恋は盲目だから目は役に立たないんだ」
 そう言い終えると姉さんはコーヒーを一口飲んだ。
 コーヒーの香りが漂う部屋の中、僕は姉さんの話が嘘だと思った。だって、いつもより――素敵だから。
「つまりね。香りってのはとても大事な物なんだよ。モテたいからと言って香水なんてもっての他だよ。鼻で恋ができなくなっちゃうからね」
 姉さんの話を聞き終えると僕は目をつぶった。そうすると片思いで終わってしまった子の事が何でも思い出せた。

 初めて交わした会話も、
 笑ったときに見えるえくぼも、
 長くて風に揺れる髪も、
 振られた時の夕日に染まる教室も、
 顔も、体型も、名前も、性格も、
 何だって思い出せるのに


 でも彼女の香りは、



 ―――思い出せない。

 そうか、

 僕は本当に目で恋をしていたんだ。

「私は君の臭い、好きだよ」
 そして姉さんは僕に近づき僕の頭を撫でた。
人を恋に落とす香りがした。
「姉さん言いたいことはそれだけかい」
 もしかしたら姉さんから言い出してくれるのを望んだのかも知れない。
「君こそ、言いたいことはそれだけなの。何か有るんでしょ。何でも良いよ好きなだけ聞いてあげるから」
 あぁ。そうだった。姉さんに言わなければいけないことが有るんだ。
「お風呂入れよ。もう三日も風呂入ってないだろ」
「やーだーお風呂嫌イー!!」
 やれやれ姉さんの風呂嫌いには困った物だ。
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