グレープフルーツを食べなさい
「はあ? この期に及んで何言ってるの? 私、口外なんてしないよ。大体そんな面倒なこと……」

 余計なことを言いかけて、慌てて口を噤んだ。上村がきゅっと眉根を寄せる。

 ……ああ私、また上村を怒らせた?

「ふーん、先輩は俺のことが面倒くさいんだ」

 そう言いながら、上村はようやく手のひらを開いてみせた。私は、彼の手のひらの上にある鍵に手を伸ばす。

「あ、ありが――」

「これは、預かっておきます。俺も保険が欲しいんで」

 チャリ……と玄関に金属音が響く。上村はその場にしゃがみ込むと、指先でチャームを摘み、私の目の前に鍵をぶら下げた。

「ちょっと、ふざけてないで返しなさい」

 けれども、伸ばした手は虚しく空を切る。

『チャリン!』

 上村の掌で、また私の鍵がチャームとぶつかって音を立てた。

「合鍵くらい持ってんでしょ、先輩」

< 75 / 368 >

この作品をシェア

pagetop