サヨナラなんて言わせない
全てが初めての彼女に無理をさせないように、俺たちはゆっくりとその仲を深めていった。初めてキスをしたのは付き合い始めから1ヶ月程経ってからだった。
何度も何度もデートを重ね、お互いの好きなものや事柄をよく話し、一緒に色んな建築物を見て回ったりもした。

そうして楽しい時間を積み重ねていき、春を迎えた頃に初めて身も心も結ばれた。
この世にこんな幸せがあったのだろうかと言うほど、幸せだった。

俺は大学を卒業し、学生の頃からバイトでお世話になっていた建築事務所に就職した。学生と社会人ではすれ違いが生じることも多いと聞いていたが、俺たちにはそんな心配は何一つなかった。

互いが互いをよく理解し、信頼し、繋がっている。

そう思えた。

忙しいながらも仕事も順調で、公私ともにこんなに充実していいのだろうかと怖くなるほどだった。




だから、その時の俺はまだ気付いていなかったんだ。




溢れるほどの幸せが、実は過去の呪縛から完全に解き放たれていない自分の心を歪めていくことになろうとは____






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