世間知らずな彼女とヤキモチ焼きの元上司のお話

「さくら、修一さん? そろそろ、お食事に出ようと思うから、降りてきてね」

「……は、はい!!」

 裏返った声。
 慌てて両手でかき合わせたブラウス。
 ドキドキ、ドキドキ。心臓バクバク。

 ママは何を想像してか、親切にもドアは開けずに、

「下でパパと待っているからね」

 とだけ言って、また一階に戻っていった。

 足音が十分に遠ざかってから、彼がフウッと大きく息を吐いた。

「……悪い。忘れてた」

 返事代わりに、彼の胸板にコツンと頭をぶつけてみる。
 私も我を忘れかけていた。後少し、ママが来るのが遅かったら、うっかり事に至っていたと思う。

 彼は申し訳なさそうに私のブラウスのボタンを留めてくれた。それから、目元に優しくキス。頬に手を当て涙の痕を親指の先でなぞった。

「髪の毛と化粧、直しておいで。……泣かせてごめん」

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