同調捜査
「一連の男児変死事件に、警察は男児は転落死したものと断定し、自分の罪だ…と自供していた母親を解放し、受療施設に移した事を発表しました」
相変わらずの距離感で、麻衣と導は書類の山の中テレビを観ている。
「…同調捜査…理解出来ました…」
ベランダにしゃがみ込んだり、湯の張られていない湯船に入ったり…奇行に近い動きの麻衣には驚かせられたが、これが導の率直な感想だった。
「うん…でも…まだ痛いんだけど…」
左腕の打撲痕と両膝の擦り傷を導に見せる。
「当たり前です!自分が止めに行かなきゃ本当に落下してましたよ!」
同じく手の甲に傷を作った導が呆れる。
「そうだけど…完全に同調するには…でも…ありがとう」
礼を述べる麻衣を素っ頓狂な表情で導が見つめる。
「…何のお礼ですか?」
同調中の行動を止めた事に対しては当日、現場から戻る車中で長い小言を喰らった。
「ほら…一課の嫌味…庇ってくれたんでしょ?」
「…ああ…アパートで?」
「うん…あれって…本当に今まで苦労してたんでしょ?」
覗き込む様に麻衣が視線を合わす。
「…お見通しですか?」
にっこりと導が笑う。
「同調しなくても分かったよ」
麻衣も笑う。
「何してても(キャリアだから)と言われるのが嫌だったんですけどね…」
「それだけ…何やってもそれなりに結果を残して来てるからでしょ?それをネタに出来るのは、もう大丈夫だって事だよ」
目線をテレビにもどした麻衣が言う。
「だと…良いんですけど」
「あれ?何処か行くの?」
「今回の報告書です。言われた通り勝手に印鑑借りましたからね…ついでに国元に会って来ます」
そう言い残すと導は二課を出て行った。
「失礼します。」
報告書を持って来た…と言われ部屋に通し、いつもの様に椅子にふんぞり返っていた一課長が導の姿を見て姿勢を正した。
「これは…川島さんから持参していただけるとは…」
「…アッカーさんは私の上司になるので」
(アッカー?)
報告書に書かれている麻衣の本名に内心驚きながら一課長の態度に辟易していた。
「そうですか…ありがとうございます」
「いえ…一課長は…報告書を持参したのがアッカーさんだったら…」
「はい?」
「先程の様にふんぞり返ったままだったのでしょうか?」
「あ…いや…」
「失礼します…また難解事件の際にはご協力させていただきます」
吐き捨てる様に課長室を出て行く。
「知らなかったのか?上司だろ?」
前と同じ喫煙場所には導と国元の二人しか居ない。
「麻衣としか自己紹介されなかったからな…麻衣・アッカー・埜守…」
「取り敢えずは…初仕事、お疲れ…で…見たんだろ?」
「ああ…」
麻衣に付けられた傷に目を落とす。
「今回は何をやったんだ?」
煙草に火を点けながら国元が笑う。
あの日、現場で見た麻衣を思い出す。
麻衣と言うよりは(事故死した少年)と言う方が良いだろうか…。
転落したベランダから執拗に身を乗り出し、バランスを崩す麻衣を導が引き止めた。
「乗り出し過ぎですよ…大丈夫でし…麻衣さん!何するんですか?」
「… …」
麻衣は導の手に深く爪を立てていた。
「…麻衣さん?」
そのまま低く唸りながら部屋中を歩きまわる。
「放っておけ…」
冷たく一課の刑事達に言われてしまう。