迷宮ラブトラップ
七月
 遼也の診療所に向かう道中、ドキドキと胸が高鳴り、キューっと息苦しくなった。
瑞香は自分が遼也に恋心を持ってしまった事を自覚した。

(大丈夫。想っているだけなら。)

そう言い聞かせて、平常心を保ちながら遼也の所へ行った。
前回と同様に、遼也は自分の価値観を話して聞かせた。
束縛しようとする女性は困るとか、付き合っていたけれど旦那との子供ができて去っていった女性もいたとか。
遊ぶなら相手も家庭を持っている方がこじれにくいだとか、どれも瑞香には相槌の難しい話だった。
そして振り向かせるまでが楽しいとも言っていた。
だから瑞香は自分の中に芽生えた気持ちは決して悟られてはいけないのだと思った。

それなのに、終わって帰る間際に遼也はこう言った。

「家で頑張れるように、ハグしてあげようか。」

瑞香はまたからかわれているのだと思った。
ここで負けるのは悔しいと思った。
だから、ついこんな軽口を叩いてしまった。

「本気にしちゃうよ?」

手首を掴まれた瑞香は、気が付いたら遼也の胸に閉じ込められていた。
抵抗とか、抗議とか、そんなものは頭から抜けていた。
されるがままになっている瑞香に、遼也はふっと笑ってその手を解放した。
そして何事もなかったかのように見送ってくれた。
 
(何だったんだろう…)

瑞香の身体には、遼也に抱きしめられた感覚がいつまでも残っていた。
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