祭囃子の夜に
「降りな」

 松岡家の門前に到着すると、あかねはそれだけ言って翔一を軽トラから降ろした。隣接する左官店のガレージに駐車するためだ。

 松岡家は小さいながらも純和風の平屋建てで、小ぶりな数寄屋門も構えている。
 十歩とかからない玄関までは直打ちの飛び石が敷かれており、どうやらこれは翔一の父がアプローチが殺風景だと自分で敷いたものらしい。結果それが映えて良くできたアプローチとなり、全体の和風度を上げている。

 普段帰省する時には何のためらいも無く門の引き戸を開けることが出来るのに、今日ばかりは一人で開けるのが憚られ、居心地悪くあかねを待つことになった。

 何をして良いやら脳みそが働かず、しかしこれから母と対面しなくてはならないのだとほんの僅かに残った冷静な頭が翔一に呼びかける。

 ――何か言い訳は。

 翔一は回転の遅い頭を必死に動かして、何の前触れもなく帰って来た上手い言い訳がないかともやもや考え始めた。寮を出てからここに辿り着くまで、気の利いた言い訳を考えようとしなかった自分に心底落胆する。
 だって寮を出る時はそればかりが先に立っていたし、電車では半ば放心状態でそんな事を考えている余裕も無く、駅を降りるとすぐあかねに出くわして、妙な方向から説教をくらう羽目になった。
 言い訳なんて考える余地が無かったのだ、というのはそれ自体が言うまでも無く言い訳である。

 余計に居心地が悪くなり、うろうろと居場所なく門の前を行き来する。まだ来ないのかなと思っていると、タイミングを察したように凛とした姿が現れた。

「何やってんだ、うろうろと」

 翔一の様子を見たあかねが眉間にシワを寄せてそう言いながら、軽快に門の引き戸をガラリと開ける。その後ろをおずおずと着いて歩きつつ、翔一はいよいよどうしたものかとドギマギし始めた。
 保護者には野球部の活動を踏まえた学校イベントの年間スケジュールが配布されている。あかねがそれに隅まで目を通さない事は知っていたので、口から出まかせでも初めのうちはなんとか誤魔化せる。しかし、母は別だ。学校からの配布物に関してはきちんと一通り確認しているはずだ。予定に無い帰省が解れば、何があったと問い詰められ、学校にも連絡をするに違いない。
 ――何を今更。
 元よりそんなことは承知の上で飛び出してきたのではなかったか。
 頭の隅でもう一人の自分があざ笑うが、心に居つく弱気な自分はどうにも慄いてる。きちんと自分の口から説明をしなければとも思っていたはずが、早くも心が折られていた。

 思考回路がマイナス方向にシフトしているうちに、十歩も歩かない飛び石のアプローチはすぐに終わってしまった。この数歩で随分と身体が小さくなってしまったような気さえする。

「ただいまー」

 開けなくてもいいのにと自分勝手に内心で呟く翔一をもちろん気にすることも無く、あかねが玄関をガラリと引き開けた。

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