佐藤さんは甘くないっ!

いつもランチのときは黙ったままの佐藤さん。

でも今日は少しだけ饒舌だった。

さっき読んでいた本のこと、かかっている音楽のこと。

佐藤さんが自分のことを話してくれたのが嬉しかった。

思わず笑みが零れる。幸せが零れる。

話が弾めば食事も弾む。

気付けば、少し作りすぎたと思ったはずの料理は空になっていた。


「ごちそうさまでした」

「……お粗末様、でした」


なんだかくすぐったいやり取りだ。

食器を片そうとすると、それくらいやらせろと全て持っていかれてしまった。

じゃあ机くらい拭きますよ、と申し出るも断られてしまう。

向こうに行ってろとキッチンから追い出され、仕方なくソファに腰かけた。

ふわりと香る、佐藤さんの匂い。

部屋に入ったときから感じていたけど、ここに座るとよりそれが感じられた。

……甘いような、柑橘系のような、なんとも言えない香り。

クッションを膝に抱えて、わたしはなにをするわけでもなく目を閉じた。

なんて非現実的な休日だろう。

まさかあの佐藤さんのお家でご飯を作るなんて、ついこの間までわたしは知らなかった。

まだ付き合い始めてそんなに時間は経っていないけれど。

佐藤さんとわたしの間に流れる言葉遣いや空気は、確実に和らいでいる。

それがどういうことなのか、いくらわたしでも解っていた。

なのに認められないのはどうしてだろう。

素直にあの胸へ飛び込めないのは、どうして。

自信がないのだろうか。

なんの自信?恋愛?仕事?吊り合い?

自分のことなのによくわからない。

忘れようと思っても忘れられないあのひとの笑顔が、暗闇の中に浮かんだ気がした。
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