佐藤さんは甘くないっ!

わたしたちの恋愛は、良い意味でも悪い意味でも、わたしたちの足枷になっていた。

自然消滅、という言葉だけじゃ片付けられない何かを感じていた。

はっきりさせないと先に進めない。

お互い、たぶん変に真面目すぎるところがあるんだと思う。

だから優輝はわざわざ北海道から会いに来てくれて、電話じゃなくて、直接話をしに来てくれた。

瞬きをするたびに涙が零れ落ちる。

わたしたちの足枷が解けて、消えていく。

でも不思議なくらい胸は痛まなかった。

ただただ、嬉しかった。

そして結婚の報告が喜ばしかった。

あの過去は、消えない悲しみなんかじゃなかった。

癒えない傷痕にもならなかった。


「ゆうき……おめでとうっ…」


こんなに震えた声で、きちんと伝わったかな。

優輝は泣いているような顔で笑って、わたしのことをそっと抱き寄せた。

何度その腕を求めて涙を流しただろう。

だけど今わたしは、違う涙を流している。

恋い焦がれたこのひとと、他の女性の結婚を祝福して泣いているんだ。


「今までありがとう……さようなら、郁巳」


耳に届いた別れの言葉は、決して悲しいものではなかった。

さようなら、だけどそれがわたしの心をじんわりと温かくしてくれる。

回された腕がゆっくりと解かれて、わたしたちは本当の意味で別れを迎える。

予想していたような最期にはならなかった。

こんなに晴れ晴れとした、すっきりした気持ちになれるなんて思いもしなかったから。

でも幸せになってね、なんて定型句は必要ない気がした。


「優輝は早くピーマン食べられるようになってね」

「郁巳こそ、しいたけ食べられるようになりなよ」


二人で声もなく笑いあって、そのまま背中を向けた。

ばいばい、ありがとう、大好きだったひと。
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