佐藤さんは甘くないっ!

佐藤さんを避け続けている柴先輩の顔色は日に日に悪くなっていった。

ご飯に誘っても断られたし、ゼリー飲料ばかり飲んでいる様子が目についた。

そろそろ倒れるんじゃ…と思った矢先、事務の女の子たちが興奮して話している声が聞こえた。


“佐藤さんが誰かをお姫様だっこして歩いてたって!”


……誰かって、そんなの。

ずっと心配していただけに、柴先輩の具合が悪いことは容易に想像できた。

あーあ。完全に終わったな。

佐藤さんもさすがにこの好機を逃すような間抜けではないだろう。

柴先輩だって本心では佐藤さんが大好きだし、ずっと信じていたいと思っている。

そんなの、上手くいくにきまっている。

だったら俺にできることなんて……。


「あのときの三神、かっこよかったよー?」

「……べつに、」


残っていた柴先輩の仕事も一緒に片付けただけ。

だって、俺にはそれくらいしかできなかったから。

涙を拭うことも、抱き締めることも、キスをすることも。

俺じゃダメだったから。

それに……仕事に没頭する以外、気持ちを紛らわせる方法が解らなかった。


「……柴先輩が笑ってくれるなら、まぁ、佐藤さんが相手でも我慢しますよ」


唇を尖らせた俺を見て宇佐野さんが優しい笑みを見せる。

……こんな風に泣くのも今日が最初で最後。

柴先輩を好きになったのは無駄じゃなくて、本当の恋を教えてもらった。

心の底から相手のことが好きなら……幸せにするのが自分じゃなくても、それでも、笑顔で幸せになって欲しいと願えるんだと知ったんだ。
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