佐藤さんは甘くないっ!

けほけほと声にならない咳を繰り返し、慌てておしぼりで口を拭った。

……まさか…まさか…そんな…!?

頭の中で最悪の状況を想定しながら恐る恐る律香に聞き返した。


「え、えっと……なんの話…?」

「これ!見てよ!」


何かと思えば、ずいっと差し出されたのは律香が大好きな少女漫画だった。

ぽかんと口を開けて固まったわたしを見て、律香は不思議そうな顔をしている。

…そういえば昨日が発売日だったとか言ってたっけ。

律香が(無理やり)貸してくれるのでわたしも前巻まではちゃんと読んでいる。

ぱらぱらと形だけページを捲ると、今までずっと喧嘩腰だった男女が両想いになっている場面だった。

少女漫画にありがちというか…王道的な展開だ。


「……なんだ、これのこと…」

「なにほっとしてるの?もーどうせそうなるとは思ってたけどさーやっぱりかーって」


律香は不服そうに溜息を吐いて、選ばれなかった当て馬キャラの良さを語り始めた。

適当に相槌を打ちながらも内心は冷や汗をかいていた。

心臓がばくばくと早鐘を打つ。

…嫌よ嫌よも好きのうちって…わたしのことかと思った。

昨日の今日のことで律香が知っているはずはないと解っていてもどきりとしてしまう。


「(…………本当に、心臓に悪い…)」


お昼休みの時間を利用して律香と外で食事を取っているところだった。

普段なら大体佐藤さんと一緒にお昼は手早く済ませてしまうが…生憎今日は主張で不在だ。

それも急遽決まったものだったらしく、昨日帰る間際に聞かされたのだった。

佐藤さんの出張にわたしが同行する頻度は最近高くなっていたが、今回は突然のことだったためお留守番となった。

明後日の木曜日まで佐藤さんには会えない。


「(べ、べつに、寂しいとかじゃ…!!)」


誰に言い訳をしているのかよく解らなかったけど、断じて違うと自分に言い聞かせた。

…そう……断じて、違うんだから…。

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