Caught by …
 彼と言葉で対抗できるほどの力量がないと、認めたくないけれど認めざるを得ない私は近くの椅子を引っ張ってきて腰をかける。彼を見ないように、わざと横を向いて。

 そして、時計を何気なく見て気づく。母親に電話をかける時間だ。

 ポケットに入れたままだった携帯を取り出して画面をつけると、まだ母親からの着信がなくて胸を撫で下ろす。

「レイ、電話かけてくるね」

 一応声をかけたけれど、彼は頷いただけで私から目をそらして窓の外を見ている。ほんとに疲れているんだろうと思って、私はそのまま玄関の方へ向かった。

 そこで立ったまま電話をかける。呼び出し音が鳴って、さほど経たない間に相手の声が聞こえた。今日は何をしたのかといういつもの質問。私のいつもの「普段と変わらないわ」という答え。

 私は振り返って、部屋の奥に見える彼の横顔を盗み見た。

 あなたの娘はボーイフレンド以外の人と一緒にいて、その人とデートしていた…なんて言ったら、お母さんはどんな反応するのだろうか。

「ねぇ、お母さん」

『どうしたの、セシーリア』

「お母さんは、お父さんのどこが好きになったの?」

 お母さんの照れ隠しのような笑い声が遠く聞こえる。レイの目蓋がもう閉じようとしているのが遠く見える。

『お父さん、あんまり目立たないし人が良すぎるけどね、お母さんのこと絶対裏切らないのよ』

「…裏切る?」

『私だけを愛してくれたのよ』

 どうしてこんなことを聞いたのか。私は言葉を忘れてしまったように何も言えなかった。レイの目蓋は完全に閉ざされていた。
< 105 / 150 >

この作品をシェア

pagetop