天空のエトランゼ{Spear Of Thunder}
「梓…。窓から顔を出すのは、やめて頂戴」

母親の注意に、梓は素直に従った。

「はあ〜い」

窓から、顔を引っ込めると、きちんと座席に座り直した。対面式のシートの前に、母親と弟が座っていた。

住み慣れた町を離れ…梓は、叔父のいる都会に、引っ越していた。

いくら復興したとはいえ…梓の住む町は…まだまだ戦争の傷跡を、色濃く残していた。


もう一度、去っていく風景を見ようとした梓に、

母親はため息をつきながら、

「そんなに…あの町がいいかねえ〜。あたしは、ごめんだよ」

梓が生ま育った町に、嫁いできた母親の…知り合い達は、たった一発の悪意で、皆…殺された。



悪意…。それは、敗戦の報い…なのだろうか。

いや、違う。

人は、戦争でしか…優劣を決めれない生き物なら…。

「滅んだらいい…」




「え?」

梓は耳ではなく、頭に直接響くような声に、思わず席を立った。

キョロキョロ周りを見回しても、近くには誰もいない。

真後ろの席を覗き込んでも、誰もいなかった。



「何やってるの!梓!女の子が、お行儀の悪い!」

母親の叱咤に、梓は慌てて行儀よく座りなおした。

「おじさんの家に行ったら…お世話になるんですから、普段から…女の子らしくするのですよ。ご飯を頂くときは…」


母親の小言が始まった。

梓はしおらしくしながらも、母親の話なんて聞いていなかった。

だって、世界は変わってきているのに……。

敗戦から、世界でも類を見ない早さで復興した日本は……一つの壁を作ろうとしていた。

戦争の記憶を根強く持つ者と……

その記憶がなく、日本が復興していく興奮という景気に煽られた…子供達。


弟が中学生になるのを機にして、母親は爪痕の残る土地を、後にしていた。

本当ならば、もっと早く出ていくべきだったが…看護師であった母親が、あの土地を離れられるのに…十年以上の月日が、かかってしまったのだ。



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