天空のエトランゼ{Spear Of Thunder}
女は少し振り返ると、男を見ることなく、

こう言った。


「だったら…その曲を、あんたにくれてやるよ」



それだけ言うと、女はもう振り返ることなく、歩き出した。





「チッ」

しばらく歩いてから、女は舌打ちした。

酔っ払い相手に、少しむきになった自分を悔いた。

まだ自分は、できていない。

こんなことでは、永遠の言葉など、

自分の口から発することはできない。





「悲しいですねえ」

突然、横合いから男が飛び出して来て、

女の進路を塞いだ。

紺のスーツを着た男は、女に頭を下げた。

「高校生でデビューし、いきなりデビュー曲が年間ベストセラー!これからと言う時に、あなたは芸能界をやめた」

男の言葉の途中、女は男の横を通り抜けた。


男は肩をすくめ、女の背中を目で追った。

遠ざかっていく女の背中に、男は叫んだ。

「歌は、聴かれなければ…ヒットしなければ意味がない!あんたは、まだ一曲しか出していない!」

女は足を止めない。

「だからこそ!飽きやすい民衆も、あんたの歌を期待している」

女は足を止めない。


「だから、まだ期待してる人もいる。あんたは、そいつらに見せつけないといけない!」

男はにやりと笑った。

「あんたに、本当に才能があったのか!なかったのか!見せないといけない!高木優!あんたには、その責任があるんだ!」


男の身勝手な言葉にも、女は足を止めなかった。


高木優…。

本名だったから、逃げることができない…足枷。




優はもう…言葉を返すこともしなかった。



あの頃は、有名になることが成功だと思っていた。


しかし、ある日、

ふと外を歩いている時に、

偶然に流れた自分の曲。


それを聴いた時、

優はメジャーから消えた。



なぜなら、それは…

特別で永遠の言葉ではなく、

今だけの

この時だけを彩る

単なるヒット曲だったからだ。
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