天空のエトランゼ{Spear Of Thunder}
風語
街角にあるATMのみが、設置されている銀行で、

当面生活するだけのお金を、引き出していた美奈子は、残高を見て、ため息をついた。

劇団なるものを抱えている為、お金など儲かるはずがなかった。

普通にバイトしたほうが、お金になるけど……お金より、夢を取ったのだ。

自分の選択が間違っているとは…思ってはいない。


しかし、その劇団もしばらく…他人に任せたのだから、美奈子にこれから、お金が入るあてはない。

持ったら持った分…使いそうだから、一部戻そうか、悩んでいると、

隣のATMの前に、背中を丸めた中年の男が、立った。

男も、ため息をつくと、

じっと目の前の鏡を睨んでいた。


「知ってますか?この鏡の向こうには……カメラがあるんですよ…」

男は、誰かに話し掛けるように、口を開いた。

「映っているように見えて…逆に撮られているんですよ…。この世界は、誰も信用できませんから…」

銀行のATMは、三台。

そして、その前には、美奈子と男しかいない。

明らかに、男は美奈子に話し掛けていた。


しかし、こんな場所で、見知らぬ男と、話す気にもならないし、

まして、お金を下ろしたばかりだ。

そそくさと、銀行から出ようとした美奈子を、隣の男は振り向き……見つめた。

一瞬だけ、どんなやつかと、確認しょうと、美奈子の無意識が、男の顔に、目を向けた。



その瞬間、美奈子は目を見開き、動きが止まってしまった。


男の眼窩には、目玉がなかった。

男は、空洞の目を向け、にやりと笑った。

「残念ながら…あっちが、こちらを見ても、私は見てないんですよ。目がないんですから」

男の笑いに、美奈子は動けなくなった。

出口も、男の横を通らなければ、たどり着けない。



美奈子は、男とできるだけ距離をとろうとしたが、足が動かない。


「驚かれましたか?いやいや…申し訳ない」

男は笑いながら、軽く頭を下げた。
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