天空のエトランゼ{Spear Of Thunder}
マスターは、苦笑しながら、美奈子の前に、コーヒーを置いた。

「でしたら…先先代の…おじいちゃんくらいからですよね」

美奈子は、コーヒーを一口すすった。

「やっぱり、おいしい!」

感嘆の声をあげる美奈子に、聞こえないように、

マスターは呟いた。

「私1人ですよ…」




「老舗の味ですね」

美奈子は、手に持ったカップを眺めた。

「あたしが、やってることも…ずっと続ければいいんだけど…」

と言うと、ため息をついた美奈子に、マスターは話し掛けた。


「失礼だと思いますけど…何をなさってるのですか?」

マスターの質問に、美奈子はクスッと笑った。

「大したことではないですよ」

美奈子は、カップを置くと、中の液体を見つめた。


そして、カップから真剣な眼差しを、マスターに向け、


「演劇です」




「演劇…」

反復したマスターに、

「はい」

と、美奈子は頷いた。



「大した劇団では、ないんですけど…あたしが引退する時が来ても、続いてほしいんですよ…。ただそれだけです」


「不躾な質問ですが…どうして演劇を?それだけでは、生活できないときいておりますが…」


かつて、この喫茶店にも、多くの劇団員が、顔を見せていた。

だけど、挫折したもの…。国から、粛正されたものが…ほとんどだ。

自由を象徴する舞台は、若さの花だった。

でも、今は違う。



美奈子は苦笑し、頬杖をついた。

「大したことじゃないんですよ。あたしはあんまり…これがやりたいってのが、なくて…」

と言った後、首を横に振り、

「いえ、違うわ…。やりたいことが、たくさんあるから……演じることを選んだんです」


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