ノラ猫
 
耳にあてる受話器からは、プルルルという電子音が鳴り続ける。

隣には監視するかのようににいさんがあたしを見ていて、それすらももうどうでもよくなってきていた。


電子音はプツリと切れ、代わりに聞こえてきたのは無機質な女の人の声。


《ただいま、留守にしております。》


留守電になってくれて、どこかホッとしているような自分。
もし智紀が出てしまったら、にいさんの言いつけを守れずにすがってしまいそうだったから……。


女の人の声が終わり、最後に《ピー》という電子音が鳴った。



「智紀……。あたし、家に帰ったよ。
 もう大丈夫だから……。


 今までありがとね。バイバイ」



それだけ伝えて、電話を切った。



「よくできました」



電話を切ったあたしに、にいさんは満足そうに笑って携帯を受け取った。


ああ、どうしてだろう……。
何も変わってないはずなのに、映る世界が白黒に見える。


「じゃあ、ご褒美あげないとね」

「な、に……?」

「今まで猶予期間あげたんだから、今日は覚悟しときなよ」

「な……い、や……嫌だあっ……!!」


白黒になったはずなのに
触れてくるにいさんには吐き気がするほど嫌悪感が生まれてきて、


力いっぱい抵抗するあたしに、パンという音が響いた。
同時に感じるのは、頬に弾けた痛み。



「うるさいよ。
 玩具は玩具らしく、おとなしく俺に従っておけ」

「……」



そうだ……。
あたしは玩具……。
愛玩人形。


「そう。いい子だ」


あたしが生きる術は
この人を満足させることのみ。
 
< 98 / 258 >

この作品をシェア

pagetop