あしたのこと
目を開けると、ぼんやりと白い天井が見えた。

少し視線をずらすと、窓が見えた。

窓の向こうは、灰色だった―――



あ、私、生きてる。



何も考えられなくなったみたいに、心の中も真っ白だった。

生きていることを、嬉しいとも思わなくて。

悲しいとも、思わなくて。



「え、」



その時、横で声がした。



「分かるの?」



私の顔を覗き込む、女性。

ベテランの看護師、といったかんじだ。


こく、と頷くと。



「すぐ、先生呼んでくるからね!」



そう言って、その人は走って行った。


そして、またすぐにふたつの足音が近付いてきて。



「目が覚めましたか!」



大きな声でそう言って、私を覗き込む人がいた。

無表情で頷くと、その人は、うん、と大きく頷き返した。



「少し、お話してみますか?」



白衣の先生は、優しい声で言った。

ん?という顔をしている私の、酸素マスクに手を掛ける。



「呼吸は安定しているようだから、一度外してみましょう。外してすぐは、少し苦しいかもしれませんが。」



そう言って、透明な酸素マスクを外した。

私は、何度か小さく咳き込んだ。

背中の傷に、響いて痛い。



「大丈夫?」


「……はい。」



自分の声が、余りにも小さくて、そして掠れていて驚いた。



「自分の名前、言えますか?」


「……さ、西條、……莉那。」


「ご名答。じゃ、俺の名前は?」



そう言って、ふっと笑う先生。

私は、その胸ポケットについている名札を見て答えた。



「……麻生、春夫。」


「え、何で知ってる?」



一瞬、素で分からない、という表情をした先生。

でも、私が名札を見て答えたということに気付くと、おかしそうに笑った。



「やるね、西條さん。」



ふわ、と頭を撫でられる。

子ども扱いされてるみたいで、少しムッとしたけど。

別に、嫌じゃなかった。



「麻生春夫です。主治医だから、よろしくね。」



こく、と頷いた。

麻生先生との日々は、こんなドン底からのスタートだったんだ。
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