じゃあなんでキスしたんですか?

 
赤やオレンジの光の粒に交じって夜道をすべっていたタクシーは、十五分ほど走ってとあるマンションの前に停車した。
 
不動産屋のパンフレットにでも載っていそうな高層マンションは、通りからエントランスまでが遠く、整然とならんだ立木が地面に埋め込まれたライトに照らし出されている。
 
ただよう高級感にあっけにとられているあいだに、森崎さんが会計を済ませ、

「おい桐谷。着いたぞ」
 
シートベルトを外してぐにゃぐにゃのエースを引きずり出す。
 
手伝おうとして助手席から降りると、森崎課長はわたしに一万円札を差し出した。

「タクシー代。このまま乗って帰るといい」

「え、でも」

「桐谷なら心配ない」
 
すっかり意識をなくしているエースを見やり、かすかに笑う。

「じゃあ、気をつけてな」
 
胸に響くような低音を残し、森崎さんは桐谷さんを引きずるようにしてエントランスをくぐっていった。
 
外灯に照らされた緑樹の葉が、ほんのりと甘い風に、ゆらゆらと揺らめいた。




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