じゃあなんでキスしたんですか?


 * 

二階でのろまなエレベーターに乗り込み、無意識のまま三階のボタンに指を伸ばしてから、あわてて七階を押し直した。
 
のんびりと数字を増やしていく階数表示を眺めながら、こみ上げてくる何とも言えない敗北感に首を垂れる。

それから激しくかぶりを振った。肩下で切りそろえたミディアムボブの髪が、遠心力でバレリーナのスカートみたいに広がり、ばしばしと耳を打つ。
 
確かに、入社二年目で先週二十四歳になったばかりのわたしなんて、入社六年目で店舗マネージャーから本社へと奇跡の栄転を果たした桐谷さんから見れば“ひよっこ”どころか孵化もしてない卵みたいなものに違いない。


愛想笑いひとつしなかった彼の、ふてぶてしい立ち姿が頭によみがえる。

外商部のエース、桐谷統吾がわたしに投下した憎たらしいあの言葉……。

こらえきれず唇を噛んだ。

「なにが、どのへんが、エースだっていうの」
 
いくら顔がよくたって、世の中には言っていいことと悪いことがあるのだ。

あんなに口が悪い人間が、“最上の存在”たるエースの称号をほしいままにしているなんて、とうてい信じられない。
 
ふつふつと湧いてくる悔しさを散らすようになおも首を振っていると、不意に低い声が聞こえた。
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