南柯と胡蝶の夢物語

13,天涯比隣


13,天涯比隣


踏み切りが閉まる音がした。
カン、カン、カンというどこかにありそうなのに特徴的ですぐにそれと分かる音だ。
その音がするたびに彼女は学生の頃出会った妖精に思いを馳せる。
とても、綺麗な人だった。
今でも時々夢を見ていたのではないかと自分で自分を疑ってしまうことがある。
チカチカと光る赤いランプを夢見心地で見ながら、短い時間にたっぷりと詰まったその人との思い出がとりとめもなく流れる脳内を他人事のように見ていた。
短いながら、素敵な毎日だったと思う。
不思議な人だった。
少し憎いのに憎めない、心地良いテンポで口喧嘩のような会話が続くおかしな存在だった。
それがたとえ、ほんの一二ヶ月の間で、数十回顔を合わせただけの間柄だとしてもだ。

毎日毎日、夕焼けを背景にして彼女は晴れ晴れと笑うのだ。
本当にいい出会いをしたと。
あの昔起こしていた踏み切りの発作と違って、朝や夜だったり曇っていたりして夕焼けが出ていない時や、踏み切りが開いている時にだって思い出す。
それで、家に帰ると親友とそれについていつも話すのだ。

踏み切りの鳴らす鐘が止み、右の方から近づいてどんどん大きくなる列車のガタンゴトンという音を聞きながら、女は踏み切りが開くのをまだかな、と待った。
早く家に帰ってまた、あの青い翼と水流の髪を持った人のことを話したいのだ。

ほんの何ヶ月かだけの、不思議な体験を。
女の背負った業と、もう一人の女の償いを攫って行ってしまったあの人の話を。
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