たかしと父さん
20代へ
高級住宅街の坂を抜けると高そうでもないけど品の良いアパートがある。そこの1階の角からひとつ手前に僕、篠宮高志と妻のさらの家はあった。靴箱の上にはさらの死んだ母親の写真と、僕とさらの結婚式の写真が並べて飾られている。高校卒業して結婚式を挙げ、短い新婚旅行から帰ると、僕はすぐに会社員となった。さらの父・・・僕の義理の父は「実は篠宮の家にはもう少し財産があるから」と言って僕とさらに名前を継がせ、自分は会社を辞めてわずかばかりの退職金を受け取るとアパートと車を僕らに譲り渡して出て行った。引き留めようとした。

「お義父さん、何も出て行かなくても・・・」

清々しい顔で空を仰ぎ、篠宮父は答えた。

「僕の妻はさらを産んで亡くなったんだ。知ってのとおりだけど。」
「・・・はい」

あまり聞きたくない話ではあった。

「だから、僕と妻は結婚してから、あんまり沢山ものを見る機会がなかったんだよ。・・・だから」
「・・・」

ずっと前から考えて用意していたのだろう。アパートからはお義父さんのものはきれいさっぱりなくなっていた。

「代わりに僕が見に行くんだ。さらの面倒はもう疲れた。全部、君に任せるよ。」

この日以来、お義父さんは本当に帰ってこなかった。

あの日ですら。
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