甘い記憶の砕片




「急に呼び出しちゃったりしてごめんなさいね。」
「いいえ。」

 駅から少し歩いた場所にある小さなカフェの窓際の席に私たちは落ち着いた。
 まさ枝さんは、苺の入ったパフェを注文して、頬を緩ませながら長いスプーンでぱくぱくと食べている。
 私もショートケーキを注文したものの、少し緊張していて中々口に入らず、コーヒーばかりで唇を濡らしていた。


「少しお話ししたいことがあってね。」

 そうでしょうね、と思った。
 大事な息子の恋人が、しかも結婚まで約束していた婚約者が、その恋人のことを忘れているのだ。親だったらさぞ気がかりだと思う。
 どうしよう、別れてくれって言われたら。
 そこまで考えて、少し思考が止まる。
 私たちは付き合っている、と言っていいのだろうか。確かに、同じ家に住んではいるけど、寝室も別だし、夕食だって一緒に取れないことの方が多い。
 でも、雅臣さんと一緒に居たいと思っている自分が確かにいる。

「雅臣と一緒で辛くないかしら?」
「え?」
「美岬ちゃんは、ご両親も亡くされてて、雅臣に引っ張られてこっちに越してきて、頼れる人も雅臣しかいないでしょ?でも今の美岬ちゃんは、雅臣を覚えてないってことは、他人みたいな感覚の男と見知らぬ街で2人で生活してるって感じでしょ?ひょとして、辛い思いとかしてないかしらと思って。」
「そんなこと。」
「女同士の方が気楽に相談できることもあると思ってね。もし、そうだったら、うちに来てもいいのよ。そう思ってね。」
「まさ枝さんの家、つまり雅臣さんの実家ということですか?」
「ええ、まぁ、それも気を遣わせてしまうんでしょうけど。私は美岬ちゃんの味方だから、どうしても辛くなったり、雅臣のいる家から逃げたくなったら、いつでも頼って来て頂戴。それを言いたくてね。」
「ありがとうございます。でも、雅臣さんには本当によくしてもらっていて、許していただけるなら、一緒に居たいと思ってます。」

 自分でも驚くほど、喉の奥から言葉が出てきた。
 少しきょとんとしてから、まさ枝さんは優しく笑った。その笑窪は、雅臣さんの笑い方とよく似ていた。
 まさ枝さんは「ありがとう」とだけ言ってその話は終わった。その後は、ずっとまさ枝さんの旦那さん、つまり雅臣さんのお父さんの愚痴をひとしきり聞いて、雅臣さんはちゃんとご飯を食べてるかとか、仕事中毒できちんと睡眠はとれているのかとか、お母さんらしいことを喋って、帰っていった。


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