光のもとでⅡ
「で? ほかに考えてる進路って何? 医療系とか?」
 ようやく口を開いた倉敷くんの言葉に首を傾げる。
「……どうして医療系?」
「や、ほら、入院してたりするから……」
「するから……?」
「ほらっ、近くで見たことのある職業って憧れたりするだろっ!?」
 あぁ、そういう意味か……。
「看護師さんとかお医者さんとかすごいな、とは思うけど、私には無理かな」
「なんで? 藤宮行くくらい頭いいなら十分選択肢にできるだろ? 藤宮大学って医学部もあるしさ」
「んー……根本的な部分でちょっと無理というか」
「なんだよそれ」
「重く受け止めないでね……?」
「ん?」
「持病があって、たまに意識失っちゃったりするの。そんな状態で人様の命は預かれないでしょう?」
 倉敷くんはまたしても、申し訳なさ全開の表情になる。
 土下座こそされなかったけれど、これはどうしたらいいものか……。
「もう……だから、重く受け止めないでって言ったのに」
 ごめんなさい、って顔が叱られた犬みたいで、やっぱり大型犬だな、などと思う。と、
「あ、だからバイタルがわかるようになっているんですか?」
 先生に尋ねられ、少し意味合いは違うけれど、私は頷くことで肯定した。
「失神というと、脳……? それとも――」
「循環器系です」
「心臓? となると、不整脈か何か?」
「不整脈もなのですが、自律神経の働きが悪いみたいで……」
「それは大変ですね……」
「いえ、お医者様に言われたことさえ守っていれば、生活は普通にできるので」
 視線を隣に戻すと、倉敷くんはまだしょんぼりとしていた。
「倉敷く……さん? 先輩……?」
 頭の中ではずっと「倉敷くん」だったけれど、いざ口にしようと思うと呼び方に戸惑う。すると、
「慧でいい」
「でも年上だし……」
「苗字はやなんだ」
 あぁ、そういう意味か……。
「じゃ、慧くん……」
「呼び捨てでいいのに」
「それはさすがに抵抗があるので……」
 でも、気づけば口調はすでに敬語が崩れ始めていた。
 どうしたものかと思いつつ、
「申し訳なく思うのなら、何か弾いて? お詫びに演奏を聴かせて?」
 やっぱり口調は幾分か砕けたものになっていた。
 そして、お願いを聞いた倉敷くんの表情は電気がついたみたいにパッと輝く。
「何がいいっ? 何、弾いてほしいっ?」
 前のめりな倉敷くんに驚きつつ、しだいにおかしくなって笑みが零れる。
「あのコンクールの日に弾いた曲。私、聴けなかったから」
「……いいよ」
 言いながら倉敷くんはピアノへ移動し、鍵盤へ向かった。
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