光のもとでⅡ
 それにしても、
「基本に忠実に進んできてるのにどうしてあんなに劣化してんだよ。おまえ、間違いなく小五のころのほうがうまかったぞ」
 この言葉には間を空けずに返答があった。
「さっき、病欠で留年したって話したでしょう?」
「あ? あぁ……」
「あのとき、入院していたからほとんどピアノに触れていないの。三月に入院して十月に退院してからは、高校受験のための勉強を始めたから、やっぱりピアノを弾く時間はとれなくて……」
 まじで……?
「そのあとは?」
「そのあとは……高校の勉強についていくのに必死で、毎日ピアノを弾くことはできなくて……」
 えっと……勉強ってそんなに大変? 俺、未だかつて、ピアノの練習時間以上に勉強したことってねーんだけど……。そもそも、勉強なんて適当にやって平均点とれてればよくね? それよりピアノのほうが大事じゃね?
 そんな俺の疑問には弓弦が答えてくれた。
「彼女、藤宮高校の生徒なんですよ」
 まじかっ! 藤宮じゃ大変だよなぁ……。この辺屈指の進学校だし、テストの平均点は七十点を越えることも珍しくないって話を聞いたことがある。
 さらに口を開いた弓弦はこんな情報を追加した。
「で、この二ヶ月は学校のイベント準備でレッスンを休んでいたしだいです」
 ぅおおおいっっっ!
「だからかっ! そりゃ、二ヶ月も間が開けば指だって動かなくならぁっ! おまえ、本当に音大受験する気あんのっ!? 弓弦、どうにかなんのかよ、これっ」
「はぁ……まぁ、がんばりますけどね。いや、がんばってもらいますけど……。御園生さん、覚悟なさってくださいね?」
「はい……」
 翠葉は肩身狭そうに小さな声で返事した。
「ですが、さすがは川崎先生に三歳から習っていただけのことはあるんですよね。基礎はしっかりしているし勘もいい。吸収も早い。だいたいのことは言ったその場で直せるし、遅くとも翌週までにはものにしてくる。ですが、特筆すべきは色彩豊かな音色と表現力でしょうか」
「へぇ……。でも、音色と表現力だけじゃ技術面はカバーできねーよ?」
 弓弦に、「それ以上は言わないように」と視線を送られ口を噤む。と、
「協力は惜しみませんのでがんばりましょうね」
「はい……」
 翠葉は華奢な身体をさらに小さく縮こめていた。
 反省……。
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