光のもとでⅡ

Side 司 01話

 夕方が近づくにつれ、俺は無性に後悔していた。
 こんなに気になるくらいなら、昨夜翠に誘われたときに強がったりせず「行く」と言っていればよかったんだ。
 今となっては後の祭り。
 すでに開場時刻は過ぎているし、あと三十分もすれば開演する。
 翠が帰宅するのは九時前といったところか……。
 マンションで翠の帰りを待っていたとしても、話す時間がとれる時間帯じゃない。
 それなら迎えに行ったほうが車の中で話せるというもの。
 とはいえ、この時間に父さんが車を貸してくれるとは思えない。却下されるのがオチだ。
 なら兄さんは?
 兄さんの携帯を呼び出すと、留守電につながった。
 これは間違いなく夜勤……。
 諦めて明日を待つべきか……。
 そこまで考えて、あまり頼りたくない人間が最後の選択肢として浮上した。
「秋兄には頼りたくないけど――」
 でも、ほかに訊きたいこともある。
 俺は夕飯を食べてから家を出た。

 マンションに着くなり、秋兄たちが会社として使っている一室へ向かう。
 おそらく、日曜であってもここで仕事をしているだろう。そう踏んでのことだった。
 インターホンを押して十秒以上経っても応答はない。
 ここにいなければ十階の自宅。次に向かう場所を考えながら二度目の呼び鈴を鳴らすと、インターホンの応答ではなく玄関ドアが開いた。
「秋兄、人の指見て指輪のサイズわかる?」
「は?」
 秋兄は鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をしている。
前振りが必要かとは思ったけど、どんな言葉が適当なのかわからなくて、唐突な物言いになってしまった。
 だが、訊き返されたところで違う言葉など出てこない。
「だからっ、人の指見て指輪のサイズがわかるか知りたいんだけど」
「……まぁ、女の子のサイズならだいたい当てられるかな。それが何?」
 秋兄の口元が若干緩み、不自然に引き上がる。
 面白がられる予感はしていたけれど、最初から機嫌が悪いからだろうか。想像以上に癇に障る。
 それでも自分は依頼する側の人間で……。
「翠の指のサイズ、知りたいんだけど……」
「ふ~ん……司、人にお願いするときにはどんな言葉を添えなくちゃいけないか知ってる?」
 反射的に秋兄を睨んでしまったが、「お願いします」の言葉は口にする。と、秋兄は満足そうに笑い、
「頼まれてやるよ。ちなみに、右手? 左手? 何指?」
 そんなの決まってる。
「左手の薬指」
「右手じゃなくて?」
「左手でお願い」
 本当はエンゲージリングを渡してしまいたい。でも、あまり高価なものは翠が受け取ってくれそうにないから、
「婚約前のプレリングとして渡すつもり」
「でも、なんで急に指輪? 俺、司は婚約するときまで指輪は贈らないと思ってた」
「そのつもりだったんだけど……」
 あぁ、言いたくない……。
 自分の眉間に力が入るのを感じていると、
「どうせだから全部話しちゃえよ」
 秋兄の催促に、嫌々口を開く。
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