光のもとでⅡ

Side 翠葉 06話

 玄関を出たツカサは警護班に連絡を入れ、さして遠くないドラッグストアまで車で送ってもらうことになった。
 たぶん、「door to door」で五分くらい。しかも、行き先がドラッグストアなのがなんとも言えない。
 それに、ドラッグストアにツカサ、という組み合わせがなんだかとても異質なものに思えて、どんな顔で見ていたらいいものか、と悩む。
 そのツカサはというと、コロン売り場を見つけると、片っ端からテスターをムエットに吹きかけ匂いを嗅ぎ始めた。
 異様な光景を眺めつつ思う。このドラッグストアはコロン売り場が充実しているな、と。
 とはいえ、それほどたくさんのドラッグストアを知っているわけではなく、ここのほかに二店舗くらいしか知らないのだけど。
 それでも、その二店舗と比べると、格段に充実しているように見えたのだ。
 人の背丈ほどある什器の幅一メートルくらい、上から下まで六段にわたってコロンや売れ筋の香水が並べられている。
 呆然とそんな観察をしていると、
「翠が気に入るものを探しに来たんだけど」
 と、難しい顔をしたツカサに不満を訴えられた。
「ご、ごめんなさいっ」
 私は慌てて近くのコロンを手に取った。
 たくさんあるコロンの中にはどうにも受け付けない人工的すぎる香りもあれば、爽やかに香るものもあり、種類の多さにどれが気になる香りだったかあやふやになる。
 幸いなことに、私たち以外にコロンを見ている人はいない。
 私は買い物かごを持ってきて、気になる香りをその中に入れていくことにした。
 それに気づいたツカサも同様の行動に出る。
 いくつもの匂いを確認して三十分ほどが過ぎたころ、買い物かごの中には数種類のコロンが残った。
「ツカサはどれがいい?」
 ツカサはかごの中のコロンを再度確認し、はっとしたように顔を上げる。
「そもそも、翠が気に入るコロンを探しに来たんだけど」
「……でも、プレゼントしてもらうなら、ツカサが好きだと思う香りをつけたい。それに、ここに残っているコロンはどれも好きよ?」
 ツカサは少し沈黙してから、ひとつのコロンを手に取った。
「これ……」
 それは円柱形の曇りガラスのボトルに白い水玉模様がついたコロン。
 私が一番に選んでいたコロンだった。
「ツカサ、奇遇ね? 私もこれが一番好き。ベビーパフパフって名前からすると、ベビーパウダーをイメージした香りなのかな? ベビーパウダーよりはシャボンとか石鹸よりのような気がするけれど、優しくてふんわりしていてかわいい香り」
 ツカサは小さく頷き、
「清潔感があって好感が持てる。翠に似合うと思う」
 ふたり納得してテスターを棚に戻し、ツカサが販売品に手を伸ばした。
「でも、指輪も香水もいただいているのにいいの?」
「これなら普段使いできるんだろ?」
「うん」
「ならかまわない。買ってくるから翠は車に戻ってて」
 ツカサは足早にレジへ向かった。

 マンションに戻ってきたのは七時前。ちょうどカフェラウンジに予約をしていた時間だった。
 今日から三日間、カフェラウンジは予約制で営業しているのだ。
「お帰りなさいませ」
 崎本さんに迎えられ、いつもより照明が抑えられたカフェラウンジへと案内される。
 一番奥の窓際へ案内され席に着くと、テーブルにガラスのミニツリーとかわいいキャンドルが灯っていた。
「かわいい……ツカサが用意してくれた屋上のキャンドルもすっごくきれいだった! あれ、全部つけて回るの大変だったでしょう?」
「そんなこともない。並べたら端から順に点けていくだけだし。大変だったのは点けたあと」
「え? 点けたあと?」
「風が吹いてただろ?」
 確かに、ドレスの裾を押さえる程度には存在感のある風が吹いていた。
「点けたそばから消える根性なしがいくつかあった」
 ツカサには珍しい言葉選びに思わず笑みが漏れる。
 そこへ高崎さんがやってきた。
「ふたりは未成年なので、食前酒のかわりにチェリーのシロップ漬けを炭酸水で割ったものをどうぞ」
 かわいいシェリーグラスにはさくら色をした液体とチェリーが入っている。
 チェリーのシロップ漬けと聞いてグラスをまじまじと見ていたツカサを見かねた高崎さんが、
「司様、大丈夫ですよ。香りはしっかりとついていますが、甘味はさほど強くないので」
 それだけを言うと、高崎さんはすぐにいなくなった。
「ツカサ、一日早いけれどメリークリスマス!」
 グラスを少し上げると、
「メリークリスマス」
 ツカサも同じようにグラスを掲げた。
 一口含むと、確かにチェリーの香りがふわっと鼻に抜けてくる。けれど、甘味は控えめでレモンらしき酸味が少しする。
 これならツカサも大丈夫だろう、と思えるものだった。
「美味しいね」
 ツカサはおもむろにほっとした顔でコクリと頷いた。

 一時間ほどかけてゆっくりとイタリアン料理をいただくと、八時過ぎにツカサの家へ戻ってきた。
 コース料理の最後にツカサはエスプレッソを、私はカフェインレスのカフェオレをいただいたけれど、お話をするのにお茶は淹れたほうがいいだろうか。
「ツカサ、何か飲む?」
 ツカサは返事の変わりに吊り戸棚からミントティーを下ろしてくれた。
「そうだね。イタリアンのあとはちょっとさっぱりしたお茶が飲みたいね」
 決して脂っこいものを食べてきたわけではないけれど、それでもちょっと口の中をさっぱりさせたい気はする。
 お茶の準備をしてリビングへ行くと、リビングではツカサが私のミュージックプレーヤーをオーディオにつないでくれていた。
 流れてきたのはディズニーのオルゴール曲。そして、テーブルの上にはさっきドラッグストアで買ってきたものが並べられていた。
 そう、置いてあるというよりは並べられていた。
「……ツカサ? 四つも何を買ってきたの?」
「同じ香りのヘアミストとハンドクリーム、ジェルフレグランスもあるってレジの人に勧められたから」
 咄嗟に、レジのお姉さんにヘアミストとハンドクリーム、ジェルフレグランスを売り込まれているツカサを想像して笑みが漏れる。
 考えてみれば、コロン売り場には三十分近くいたし、レジからの見通しがいい売り場でもあった。そこからすると、私たちの動向は見たくなくとも見えていたのだろう。
 さらにはレジに来たのがツカサともなれば、クリスマスプレゼントであることは容易く想像できたのかもしれない。
「翠はアルコールが入ってるものは肌に直接つけられないだろ? だから、ヘアミストやハンドクリームでもいいのかと思って」
 テーブルに並ぶ四つのアイテムの中からヘアミストを取り、シュッと髪にひと吹き。
 すぐにふわっと優しい香りがあたりに広がった。
「嬉しい……ありがとう」
 ツカサは今日一番、とても満足そうな顔をしていた。
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