光のもとでⅡ

Side 司 06話

 試験前の午前授業に入ると、昼過ぎから夕方までうちで勉強するのは恒例だったはず。しかし、翠は別れ際に口を挟んだ。
 反射的に「でも――」の一言。
 たぶん、夏休みに海へ出かけた際、俺が言った言葉を思い出したのだろう。
 翠の揺れる瞳を見ながら、
「……何を言いたいのかはなんとなくわかる。でも、とりあえずうちで……」
「うん、わかった。じゃ、ご飯食べたら行くね」
 そう言って、エレベーターホールで翠と別れた。
 エレベーターの扉が閉まってため息ひとつ。
 どうせ気を遣うのなら、もっと違う方面へと向けて欲しい。つまり、防衛的なものへではなく、進展方向へと……。
 翠はどうしたらあと一歩を踏み出してくれるのか。
 玄関のドアレバーを掴んだ右手を見ては、先日触れた翠の胸の感触を思い出す。
 柔らかくてあたたかくて、心地よい重量感はずっと触れていたくなる感触だった。直に触れたらどんな感触なのか――。
 あのとき、翠は「ものすごく時々」と言いかけて、「ごく稀になら」と言い直した。
 ごく稀に、とはどのくらいの期間を指すのだろう。
 言葉の意味などわかっているのに、思わず辞書を引いてしまった。
「数や頻度が極めて少ない様を表す表現。とても珍しい様」――。
 俺の求める「期間」たる指標は載っていなかった。
 ひと月、ふた月では「時々」というニュアンスの気がするし、三ヶ月には「稀に」という言葉が当てはまる気がする。だとしたら、四半期に一度……?
 これでは当分先へは進めそうにない。
 そうは思っても、少しずつ慣れてほしいし、少しずつでいいから前へ進ませてほしいと願ってしまう。
 悶々としたものを払拭したく、昼食を摂る前にシャワーを浴びることにした。
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