教習ラプソディー


 エスコート制を導入していない狭山自動車学校では、教習開始5分前の予鈴が鳴ると、教習生達がわらわらとコースに点在する教習車へと歩いていく。
 緊張の面持ちでぎこちなく歩いている者や、友達同士で談笑しながら楽しげにしている者など様々いる中に紛れ、詩も足を進めていた。
 時折溜め息を吐きつつ重苦しい表情をしている反面、何故だか足取りはどことなく軽い。

 目指す教習車は63号車だ。
 S字コースの出口に停められているその教習車は、もう20分も前から確認している。

 ――邑上先生の教習だ。
 ああ、どうしよう。さっき泣き顔を見られてしまっただろうか。顔を覚えていなければいいのだけれど。
 そうだ、配車券を受付に届けてくれたのも彼なのだろうか。
 お礼をきちんと言わないと……あ、でもそうするとさっきのが私だとバレてしまう。

「……はぁ……」

 本日何度吐いたか知れない溜め息を小さく吐いて、辿り着いた63号車の後部座席のドアを開ける。
 丁寧に荷物を置いて、教習原簿一式の入ったファイルを抱えてまたドアを閉めた。

「……がんばろ……」

 小さな声で自分を鼓舞して、胸の前でファイルをきゅっと抱く。

 どんな教習になるだろう。
 2段階に入ってから彼の教習を受けるのは初めてだ。
 どんな事を注意されるだろうか。
 上手く運転できるだろうか。
 上達したね、と褒めてもらえるだろうか――

 と、そこまで考えて、本鈴の音にはっと我に返る。

 私は、何を、期待して……!

 急激に込み上げてきた恥ずかしさに、詩は顔を俯かせた。
 とてもこちらに向かってくる『彼』の姿を目で追いかけることなど出来ない。

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