理想の都世知歩さんは、




一瞬引っ手繰りという単語が頭を過ぎったがその人は当然のように2階へ上がって行ってしまった。


疑いつつ慌ててついて行くと、キャリーを下ろして振り返った彼が口を開く。



「2階に友だちでもいるんですか。それか201号室の人?」



私は有難うございますと頭を下げた後でいいえと首を横に振った。彼はきょとんとした表情を見せる。



「私、今日から202号室に住む和平 衵(わひら あこめ)と申します」




もう恐らく、下の階に住まわれている人なのだろうと腹を括った私は堂々挨拶をした。

あとで菓子折りもお渡ししなければ。





「…………え?」




「?」


意外とびっくりするんだなあ、と首を傾げると、ピクリと眉を動かした彼が言葉を続けた。




「……女?」





「!?女ですよ!?失礼ですね!」


まさかまさか、今の今まで私が女に見えていなかったと仰るのかこの人は!
どこまで不躾なんだ!



流石に怒って眉間に皺を寄せた私の前で、その人はゴホゴホと咳払いをした。


何だろう、この気まずそうな表情。





「都世知歩 宵一(とよちほ よいち)。今年で21。202号室の、住人、なんですが」





「…………、?もう一度お願いします」


「…………」



「…………え?」





何!?!?!?!?



何が起こっている!?!?!?!?





「ア、も、もしかして、これから引っ越される方ですかね?そうでしょう?そうなんですよね?ソウトイッテ」

「さっき着きました」


「またまたァ。だったら何でそんな急に落ち着いてられるんですか?え?」


「まあ、そちらに別の所へ移ってもらえばいいだけなんで」


「いやいや、それは無理です」


「…譲れないから」


「どうしようここにきて初めての同感です」







どうしよう。いやほんと、本気でどうしよう。





「…まじで?本当に…和平さんだっけ。此処じゃなきゃダメなんですか」

「ダメです。まじでダメです」


今年入って一番の蒼い顔で彼の横顔を目にすると、流石の相手も冷や汗の滲む表情をしていた。


「あ、の。ナントカさんも、どっか行ってくれないんですか」

「ウン。ナントカさんじゃないし、どっか行ってくれない。……取り敢えず、中?」



「ア、ハイ」





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