理想の都世知歩さんは、




そうして、三月も締め括りの日。




「衵、また鮭落としてる」


むっと口を折り曲げて注意する都世知歩さんの声も遠く、私は震える箸先で焼き鮭の身を突いていた。


「おい」

「……あ、ごめんなさい…」

「…」

私が鮭をお茶碗に持って行く途中で落としていく傍から、都世知歩さんがそれを摘まみ、自らの口へ運んでいる。「勿体ない」と逆三角形の目で言っていて。



「あー、今日が正式な初出勤」



その言葉が、グサリと緊張でぎこちない心臓に突き刺さる。


鮭の骨が刺さったかのよう。



すると、冷える頭で動かない私を見据える都世知歩さんが、不意に腕を伸ばして手首に触れた。


「震えてる」


口元に弧を描く都世知歩さんと目が合うと、彼はそのままもう少し微笑んだ。




今日は、初出勤。

明日の定休日の代わりに、今日正式には初めて憧れの店に立つ。


憧れ。



だからこわい。




都世知歩さんは手を離してまた食べ始め、少し経つと席を立ってお茶碗を下げた。



普段通り部屋に戻ると思いきや、私の横に立って。


見上げると、フローリングに膝をついた。今度は見上げられる体勢になってどうしたのかと。



「衵。息して、止めて」


そんなことを言うから、言われるがままその通りに息を吸って止める。


次の瞬間。


都世知歩さんはニヤ、と笑って。私の額に頭突きをかました。

鈍い音が頭に響く。


「!?」


突然のことに混乱する額がじんじんと赤い。


というか痛い!!



「な、なに、何でずつき」





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