翼のない天狗

 忌譚、忌むべきものがたり。

「そなたは」
 清青は氷魚の髪に触れる。油を塗るでもなく、常に潤い輝く黒髪である。
「何時も静かに泣いている」

 氷魚は長い睫を上げて、清青の瞳を見上げた。望月に照らされ、青紫の瞳はより神秘的に光る。
「さて、それは」
「私は」
 あやかしだ、と、氷魚がいつか口にしたのと同じ言葉を呟いた。清青の瞳に魅入っていた氷魚の意識が、ぷつり、切れた。


「感心せんな。己の女に術を掛けるとは」
 暝王山の破れ寺に氷魚を抱えて連れて来た清青を見て、深山は苦笑する。
「手荒なことをした……しかし、このひとはこうでもしないと、いつまでも心の奥を見せてくれない」
「お前は見せているのか?」
 清青は穏やかに否定した。
「私はこのひとに救われた。私の心の奥など、このひとの隠しているものに比べれば、浅い」

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