翼のない天狗
 夜が更け、屋敷が寝静まるのを待って右大臣は屋敷を抜け出した。絹ではなく、簡素な衣だけを纏う。

 夕方から厚い雲が空を覆って、今も晴れない。よって、十六夜だというのに闇はひたすらに深かった。
 それでも真っ直ぐに歩けるほど夜目が効くのも、この天狗の血のせいだろう。この速さも──右大臣、実原有青はすでに京極を過ぎ、山道を冥王寺へと進んでいた。

 昼間の客人が伝えたのは、清青の訃報であった。
 清青はどのように生きて、どのように果てたのか。
 知りたいと思う、その一念が有青を山へとせかしている。


「おや、こんな時分に珍しい客だな」
 出迎えたのは烏のような顔をした天狗である。深山は清青をよく知った天狗だ。有青は深山から天狗としての清青のことを教わり、山歩きの手ほどき受けた。そういうとき、清青は近くでそれを笑って見ていた。

「清青が、死んだと聞いた」
「ああ、死んだよ」
 ふっと息を吐き出す。酒臭い。
「あいつは半分が人間だからな。年を喰って、ころっと死んだよ」
 まあ上がれよ、と促され、有青は久方ぶりに清青と対面した。
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