翼のない天狗
一、天狗と人魚

笑う烏

 平安の都、中納言実原隆行が屋敷――

「シセイ様、紫青様、いずこです」

「紫青の君!」

 下男が二人、広い屋敷を駆けずり回って人を探している。二人の名は、太助と弥一、探しているのはこの屋敷の主夫婦の一人息子である。
 実原隆行の子息、実原キヨハル。御歳十九、近衛左少将。紫青とは幼名にして呼び名であり、その容貌は、髪や瞳は変わった色をしているが、体貌閑雅、眉目秀麗、都において右に出るものはいないとまで言われる好男子である。

「おい、そっちには」
「いいや、いない」
「一体どこへ行かれたんだ、紫青様は……」

 二人をあざ笑うかのように、一羽の烏が庭に植えられた松の枝から飛び立った。
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