キミとの距離は1センチ
だから私は、ただ願う。

大好きなふたりが、1番いい形で、しあわせになれますように。



「伊瀬さんは、大丈夫です。いつもみたいに、珠綺さんの前では、カッコつけてればいいんです」

「ふは、ひどいなー、木下さん」



私の言葉に、笑ってくれた。

もう、それだけで、十分だ。


再びエレベーターに向かって歩き出しながら、伊瀬さんが、前を向いたまま口を開く。



「……俺も、木下さんがしあわせになれるように、願ってるよ」

「──ッ、」



小さなそのつぶやきに、思わず、目頭が熱くなった。


……ああ、もう、だから。

だから私は、この人に──。



「……やっぱり伊瀬さん、カッコつけだ」



ひどいな、って、彼がまた笑う。

最後に、……これが最後だからって胸の中で言い訳しながら、ビニール袋を持つ手に力を込めた。



「でも、すきでした。……だいすき、でした」

「……うん、ありがとう」



しばらく、胸は痛むと思う。きっと、顔を見るたびに、泣きたくなってしまう。

だけど、だいすきだから。だいすきな人だから、しあわせになって欲しい。

その気持ちに、嘘なんて、ひとつもなかった。


だから私は、前を向く。

──いつか、『あのとき私を振ってくれましたよね』、なんて、笑い話にできたらいい。

そんなことを、思いながら。
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