1%のキセキ


しかし、そんなのも束の間。

どうしても奥さんのことが脳裏にちらついてしまう。
ここで料理したんだろうな、この包丁を使って、このお皿を使って……。

ちくりと罪悪感で胸が痛んだ。

見ず知らずの女が、自分の家に押しかけてきて自分の愛する夫に嬉しそうに料理を振るまうなんて。

一体、奥さんはどんな気持ちになるだろうか。

想像すると胸が張り裂けそうになる。



だけど奥さんだって、きっとこんな生活見ていられないはず……。

家の中におじゃまして、びっくりした。

生活感がまるで感じられないのだ。そう怖い程に。
そんな殺風景な部屋はまるで誰も住んでいないような、そんな錯覚に陥ってしまう位だった。

ただ、居間だけ先生が生活している思わしき物が見つかって少し安心した。
とは言っても、酒の空き瓶にテーブルや畳の上に散乱した医学書といった決して色めいたものではないけど。

そして奥さんのいた形跡もどこにも感じられなかった。

写真一つあっても良さそうなのに、もしかして全て捨ててしまったのだろうか。
いや今でも結婚指輪を肌身離さず持っているような人だ、きっとそれはないだろう。


作ったのは、筑前煮と焼き魚とほうれんそうのおひたし。
和食の定番のような献立だが、作るのに2時間もかかってしまった。

それが、すぐに料理開始とはいかず、まず埃かぶったコンロやグリル、包丁やお皿などの掃除から始まったもんだから余計時間がかかってしまったのだ。

そして台所の片隅で何年も使われてなかったであろう炊飯機も引っ張り出してきた。
洗いまくって、それでご飯を炊いたのだ。


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