私と彼の恋愛理論
「まだ、こっち、見ないでよ。」

彼女が露天風呂に入ってくる時、背中を向けて目を瞑っているように指示された俺。

あの後少しの攻防の末、露天風呂に一緒に入ることを了承した彼女が、ゆっくりと湯船に入ってきたのが分かる。

「もう、いい?」

「えっ、ちょっと待って…」

許可が出るのが待ちきれずに、目を開けて彼女を引き寄せて、後ろから緩く抱きしめるように座らせる。
彼女の右肩の上に自分の顎を乗せて、赤く染まった顔をのぞき込んだ。

「…もう、やだ。恥ずかしい。」

「ははっ。どうせ後でじっくり見るのに。」

「何でそんなこと言うのよ!」

抗議しながらも、ますます彼女の顔が赤く染まる。
温泉の熱のせいだけではないはずだ。

きっとこの部屋の予約を躊躇したのも、こんな展開になることを予想していたからだろう。

彼女が余りに恥ずかしがるので、しばらく無言で湯船に浸かる。
近くを流れる川のせせらぎに耳を澄まして。
露天風呂から見える景色は、暗闇の中にぼんやりと浮き上がる裏山と月だけ。

温泉だけでなく、抱きしめた彼女から伝わる温もりに、俺は癒されていた。

「ねえ。」

そして、先に口を開いたのは彼女の方。

「何で急に黙るのよ。」

「だって、里沙ちゃん、恥ずかしいんじゃないの?」

「黙ってるのも、十分恥ずかしい。」

「ははっ。じゃあ、何か話そうか?」

「恥ずかしい話はしないでね。」

「ん、じゃあ、里沙ちゃんが話して。何でもいいよ。俺に聞きたいこと何かない?」

彼女は少し考える素振りをしてから、ゆっくりと口を開いた。

「どうして、私なの?」

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