世界でいちばん、大キライ。
「うるせぇな。スーツ姿のままりんごぶら下げて、大事な話するほど自分捨ててねぇんだよ。少しくらいカッコつけさせろ」

上着を脱いでカフスを外しながら、「フ」と鼻で笑う。

「まぁ、そんだけ喚く元気あれば心配ねーな」

口ではどんな憎まれ口を叩いたって、本当は麻美のことを大事にしてる。思ってる。
それが不意にわかってしまうと、麻美は咄嗟には何もいえなかった。

なんだか落ち着かない気分をごまかすように、麻美は椅子に座ると先程置いたカップを引き寄せる。
久志は何気なくその麻美が手にするカップに視線を注ぐと、白い泡で埋め尽くされた表面に目を丸くした。

その物珍しいとでも言ったような視線を感じた麻美は、それに口付ける前にジッと久志を上目で見た。

「牛乳あったから。前に桃花さんにもらって教えてもらってたでしょ。忘れたの?」
「あー……そんなことも」

二度目に桃花が久志の家に来たときのことだ。
麻美が半ば無理やり連れてきたあの日。

それを思い出していた久志に、麻美は淡々と言葉を並べていく。

「今日、桃花さんに会ってきた。あのクマのチャーム。あれ、お父さんとの思い出なんだって。あれを買ってもらった最後の日に、カフェラテと出会ったんだって」

桃花のクマのチャームと、昔離れることになった父親。
そのふたつのワードは久志の中に確かに刺さって、僅かに顔を顰める。

麻美は久志からすでに顔を逸らし、ココアに声を落とすように顔を下げていたのでそれに気づかずまだ続ける。
< 175 / 214 >

この作品をシェア

pagetop