世界でいちばん、大キライ。
「……なんだよ。ことごとく珍しいな。お前が行けば、遅刻にはなるけど、すっぽかすわけにはならないから大丈夫だろ。元々それ返すだけの用事だし」

すぐさま平静を装って、嫌味混じりの冗談を麻美に投げかける。
ほんの少しいつもよりも口上が早まりながら、脳裏に浮かぶのは自分を待っている桃花の姿。

目をふいっと逸らし、半身を背けた久志の背中に、麻美が低い声で問いかける。

「ヒサ兄……それ、本気で言ってるの? ほんとにあたしがいけば問題ないって?」
「なに、わかったふうな口きいて」
「絶対、後悔するのはヒサ兄なんだからっ」

嘲笑うように言った久志に容赦なく鋭い言葉を放つ麻美に、さすがの久志も一瞬口を結ぶ。
けれど、結局素直になんかなるわけもなく、今度こそ完全に麻美に背を向けた。

「……しねーよ。じゃ、頼むな」
「ちょっ……ヒサ兄!」

振り返ることをせずに、右手をひらひらとさせて、飄々とリビングを去っていく。
麻美はその広い背中に戸惑い混じりで呼びかけるが、パタンとドアを閉められてしまった。
呆然とひとり立ち尽くし、遠くから、バタンと玄関の開閉の音が耳に届くと、手の中のチャームをこれでもかと握り締める。

「あ、んの、バカ叔父っ」

眉を吊り上げて本気で怒りを露わにする麻美は、届くことのない悪態を口から吐き出す。
右手の中にある金属が、自分の怒りによって熱を帯びているのに気付いて我に返る。

ゆっくりと右手を開き、手の中にある愛らしいクマの顔に視線を落として少し冷静になると、ぽつりと独り言を漏らした。

「どうしよう……」

ボフッとグレーのソファに腰を沈ませ、溜め息混じりに項垂れる。
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