私の好きな人 私を好きな人
第二章

かわいい子

『ありがとうございました!!』


私は今日最後のお客様に向かって、笑顔でそう言うと、クローズの準備を始める。


店の外に出ると、クリスマスソングがどこからか聞こえてくる。

半袖の制服姿の私は、『さむっ』と言うと、メニュースタンドを店の中に入れて、自動ドアの電源を切った。


『今日も忙しかったねー』
もう一人のスタッフがそう言いながら、椅子やテーブルを片付けて床を磨き始めた。



私は首をコキコキ、左右に傾けながら、コーヒーマシンの洗浄を開始する。


ピッ、と音がして、赤いランプがついたのを見て、私は次から次へと作業を進めていった。



『お疲れさまでした』

スタッフルームにいる店長に声をかけて着替えに行こうとすると、

『あっ、杉下さんっ』


いつの間に来ていたのか、杉下さんがスタッフルームに座っている。


『新谷、お疲れ』

杉下さんがにっこりと微笑むと、店長が、
『お前、ちょっと時間あるか?』
と尋ねてきた。

『はい』
私は空いたパイプ椅子に座りながら、直感で大事な話だと察した。



『杉下がな』

『はい…』

『引退や』

『……』




いつかは…と思ってはいた。

杉下さんは四回生だし、就活も忙しく、最近はほとんどシフトにも入っていなかった。


でも…

私はもう少し、杉下さんと一緒に働きたかった。
もっと叱ってほしかった。
もっと勉強したかった。



『……』

私は視界がぼやけてきて、初めて自分が泣いてることに気がついた。


『新谷』

杉下さんがやさしい声で私の名前を呼ぶ。


『はい…』

『新谷が入ってきた時、この子は使い物になるってすぐに分かったよ。だから、厳しいこともたくさん言った。でも、ここまでよく頑張ったね』

『…は…い…』

『あたしは辞めるけど、新谷がいてくれて良かった。安心して辞めれる。これからは新谷、あんたに頼むわよ』




杉下さんがそう言うと、店長は事務机の引き出しをごそごそして、いつかと同じように、私にポイッと投げてよこした。



『…っ!』

反射的にキャッチして、手にしたそれを見ると、

それは、
リーダーのバッチだった。



『次からは、お前がそれつけんねんで。あたしには無理です、とか言うのなしやからな』


言いたいことを先に言われて、私は言葉につまる。


リーダーのバッチは私の手の中でピカピカと光っている。


それはまるで、杉下さんの笑顔のようだった。


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