可愛げのないあたしと、キスフレンドなあいつ。
9 --- 崎谷仁花
(9) 崎谷仁香
照明がいっそう暗く落とされた、くらげが展示されているブース。
その水槽の中で、アマクサクラゲが半透明のゼラチン質の体をたゆらせていた。
傘は膨らんだりしぼんだりを繰り返し、長く伸びた脚はゆらゆらと不規則に揺れている。
くらげという生物の幻想的なゆらぎは、眺めていると癒し効果があるだなんて言われている。
けれど。
あたしは不意にあることを思い出して、緊張の走った体を強張らせていた。
◇ ◆
『人間は6割が水分だっていうけれど、くらげはね、体の9割が水分なんだ』
昔聖人に水族館に連れて行ってもらって、そのとき教えてもらったことだった。
『だからね。くらげは死ぬと体がどろどろになって水に溶けてなくなってしまうんだよ』
聖人は広い知識の中からそんな雑学を披露してくれた。
普通なら感心するところだけど、隣でそれを聞いていたあたしは、まるでとびきり恐ろしい怪談を聞かされた気分になっていた。
『きれいだね。生きてる間もこんなにきれいだし、人間と違って命の散り際ですら汚い姿を晒すこともない。くらげはほんとうに。ほんとうにきれいな生き物だよね』
うっとりとくらげを見る聖人の目を見て、なぜかそのときぞっと肌が粟立った。
そのやさしい顔が、この数日前、聖人が恋人に別れを告げたときの顔に重なって見えたからだ。