蒼の歩み
「大丈夫か?」


見知らぬ男性が、私の目の前で手を差し伸べてきた。いくらなんでも知らない男の人の手を取ることは若干躊躇したが、無視するのも感じが悪いと思ったので。ここは好意に甘えて、手を掴み私は立ち上がる。



「え、と。ありがとうございます」



私が軽く一礼すると、彼はどういたしまして、と一言。暗くて顔はよく見えないが、声から察するに、若い。自分と同じ20代、と言ったところだろうか。



「怪我はねーか」



「あ、はい。大丈夫です」



「そうか、じゃ」



そう言って彼は、この場を立ち去ろうとした。普通に考えれば自然なことだが、私は何故かここで妙な胸騒ぎがした。……知らない人なのに、面識の無い人なのに。この心のざわめきの正体は何なのか、気持ちが悪くてたまらなかった。



……去り際に、彼が一言。



「初めてじゃ、ない……」



……?



一言、というよりかは。独り言の方が表現としては正しいだろう。



「……待って!!」



私が突然大声をあげたものだから、先ほどの男性は驚いたのか歩みを止めた。……が、それと同時に周りの道行く人々も私のほうに視線を向けていたので、大声を出してしまったことに恥ずかしさを感じたが、もう遅い。
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