もっと★愛を欲しがる優しい獣
その32:チェリーピンク

「これから3か月よろしくね」

……初めて渡辺と出会ったのは本社で行われる新人研修の会場だった。

今思えばあいつにしては控えめな堅苦しい挨拶に、垢抜けないメイクと髪型だった。

あの頃の俺達は大学を卒業したてのペーペーで、社会にいきなり放り出されて右も左もわからないまま、まだ真新しいリクルートスーツと慣れないネクタイに居心地の悪い思いばかりをしていたのだ。

「こちらこそよろしく」

俺は渡辺にそう言うと隣の席を勧めるように、椅子を引いてやった。

その年の新入社員が一斉に顔を合わせることになったこの会場には数十人がひしきあっていて、各々割り振られた番号に従ってテーブルに着席することになっていた。

新人研修は5~6人の小グループに分かれて実施される。

社会人としての基本的なマナーやスキルをカリキュラムに従って、3か月かけて学んでいくのだ。

俺はスケジュール表を食い入るように見ている渡辺の横顔をそっと盗み見た。

柔らかそうな唇、くるんとカールさせた睫毛に縁取られる大きい黒目、きゅっとしまった細い足首、ほのかに香る柔軟剤の甘い匂い……。

今だからそう、はっきり言おう。

……見た目だけだったらドストライク。

(3カ月も一緒か……)

そう思うと退屈なはずの研修に、俄然やる気が出てきてしまうから現金なものである。

……それは、さくらの香りがする風の吹く春の出来事だった。

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