大好きな君へ。
 見覚えがあるようでないようでハッキリしない。
何故ときめいたのかも解らない。
でも僕のハートは完全に持っていかれた。


(おい、待てよ。僕はまだ彼女のことが忘れられないんだろう?)


……ドキン。

それでも、気持ちは正直だった。
僕はもう、その感情を止められなくなっていた。


(おい……止めておけよ。あの人にも……、彼女にも失礼だぞ)

まさにその通りだった。
僕は、彼女をまだ愛していた。
心の底から愛しく思っていたのだった。




 何故保育園児か判ったのかと言うと、着ていた物が僕が通っていた場所と同じだったからだ。
だから懐かしかったのだ。


市にある公立の保育園は皆同じ色のスモックだったのだ。


彼女はその子供達を引率していた。
何処の保育園かは解らないけど保育士だと思ったのだ。




 ――ブ、ブブー!!

いきなりクラクションを鳴らされた。

見ると横断歩道にいた子供達は既に渡りきった後だった。
僕は大急ぎでアクセルを回した。

その時慌てていたのか、バランスを崩してバイクを転倒させてしまったのだ。


クラクションを鳴らした車が、平然と横をすり抜けて行く。

僕はその場で立ち往生していた。


小型のバイクと言ってもかなり重い。
四苦八苦していたら見兼ねた男性が助けてくれた。


「ありがとうございます。お陰で助かりました」


「あれっ!? その声もしかしたら隼か?」

僕は慌てて、ソイツの顔を見た。


「あっ、孔明(こうめい)か?」

ソイツの名前は松田(まつだ)孔明。
親が風水に凝っていて、諸葛孔明から名付けたそうだ。


「懐かしいな。あっそうかお前、確か上の大学だったな」


「うん。でも懐かしいとはなんだ。この前会ったばかりだろう? あの時押し付けられたエロ本だけど、まだ読んでもないよ」

僕はそう言いながらも、セルを回し続けた。




 「ダメか?」
孔明の言葉に頷いた。


「大学までかなりあるのに、どうしよう?」

落ち込む僕の後ろで、孔明はバイクを押し出した。


「しょうがないから手伝ってやるよ」


「流石親友。でもいいのか?」

「すぐ戻って来るからって言ってくるよ。それからで良いなら……」


「それじゃ頼むわ」

俺は孔明の思いやりが嬉しくて泣いていた。




 木々をざわめかせながら、雨上がりのさわやか春の風が吹いていた。
僕は孔明と一緒にバイクを押しながら、きつい坂道を歩き始めた。

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