降り注ぐのは、君への手紙

「タケさん、妃香里さんに珈琲入れていただけますか。貴方はこちらへ、すわり心地もあまり良くない椅子ですがどうぞ」


ヨミは、エスコートするように妃香里の手を引き、カウンターの椅子に座らせた。
ヨミと妃香里がまるで顔見知りのようなのが気になりつつ、俺は言われるがまま、珈琲を入れる。

妃香里の好みは知っている。
俺がバイトしていた喫茶店の常連客だったのだ。


「どうぞ」

「ありがとう。わ、武俊くんの珈琲久しぶりだなぁ。んーそうそう、この香り」

「珈琲好きだよな。別にあの店に来ても良かったんだぜ?」

「んー、一応ケジメ? ほら、お別れしたわけだし」

「別に客に邪険にしたりしねぇよ」


内容の割には軽く会話が続いて、驚く。

付き合う前もこんな感じだった。

俺がバイトを始めた後、妃香里が店を訪れ、気に入ったのか常連客と言われるまでになった。
時々話しかけてくる妃香里と、休憩時間に話すようになって。
大学こそ違えど歳も一緒だったし、親しくなるのに理由は必要なかった。

告られて、正直焦ったけれど。

ちょうどその頃、俺は成美の唇を無理矢理奪い彼女に泣かれて落ち込んでいたところだったから、
成美を忘れるためにも、他の女の子と付き合うのはありなんじゃ無いかと思った。

妃香里のことは嫌いじゃ無かったし、いつか好きになれるんじゃないかという期待もあった。

そんな風に簡単に考えてしまった俺が馬鹿だったんだろう。

下手に関係を変えてしまったらどう接すればいいのかわからなくなった。

妃香里の顔に、成美の泣き顔が重なって目をそらしてしまう。

それが続く内に、やましさで彼女の姿が真っ直ぐ見れなくなっていた。

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