言霊
第一話

 古くからの言い伝えによると人間の発する言葉には所謂霊的力が備わっており、言霊と言われるそれは良くも悪くも人生を大きく左右する。
 快い言葉は人を幸せにし、悪意ある言葉は他人のみならず自身へと返り災いをもたらす。深い意味など知らずとも人はそれを物心つく頃から経験し、自身の身を持って理解し大人へと成長していく。
 それにつき危険なこととは、操られる言霊の真偽や本質が歪めれて伝わることであり、伝聞という手段で伝わった言霊には注意が必要となる。そして、特に悪意の言霊の最たるもの、『呪い』という言葉については慎重に取り扱わなければならない――――


――塚原十兵衛(つかはらじゅうべえ)は歴史研究サークルと書かれてある扉を開き挨拶をする。同時にクーラーの冷気が身体に当たり、入った瞬間に外界からの暑さから隔離される。
 正面のソファに座る部長の吉岡利秋(よしおかとしあき)と同級生でもある佐々木周作(ささきしゅうさく)に挨拶を返されるが、部屋の隅で小説を読んでいる榊咲耶(さかきさくや)からは返事がない。元々社交的でもなく何かに集中していると周りが見えなくなることはサークル内でも周知であり、十兵衛は特段気に掛けることもなく周作の隣に座る。
 歴史研究サークルと冠してはいるが活動内容はアバウトであり、内容が歴史に関することならば誰が何しようと自由とされていた。大河ドラマを見ているだけの者もいれば、幕末物の同人誌を書いている者もおり、中には祖先が藤原秀郷だからという理由で入部している強者もいる。
 十兵衛は自身の名前が柳生一族の名前であることを気にかけており、古今の剣豪の調査をしたりしていた。友人の周作も似たような理由で入ったものの、現在では何故か古墳や遺跡に対して造詣が深くなっている。窓辺に寄り掛かり小説を読んでいる咲耶は歴史小説に造詣が深く、知識だけならサークル内でもトップクラスと言える。ただし、他人との接触を進んでするタイプではなく、一人静かにマイペースで活動している。その姿はどこか物憂げであり、色白肌が不健康さを際立たせていた。
 十兵衛がサークルに入った理由は趣味が合うこと以外に、窓辺から見えたこの咲耶の美しさに一目惚れしたことにもある。サークルに入って以来、挨拶程度にしか交流もなく知り得る咲耶の個人情報は少ない。二年先輩で経済学部に在籍。モノトーンの服を好んで着ておりスカートは一切履かない。セミロングの黒髪で左耳にだけパールのピアスをしている。それ以外、生年月日から好きな食べ物、住んでいる場所すら分からない咲耶から目の離せない日々を送っていた。

 バッグを床に置き意識し過ぎない程度に咲耶の様子を窺いつつ、十兵衛は周作に話しかける。
「シュウ、明日からの夏休み何か予定あんの?」
「ん? まあな。基本実家に帰ってのんびりしつつ遺跡巡りだな」
「安定してるな」
「オマエは?」
「いや、俺バイトあるし実家に帰る選択肢はないな。家でゴロゴロしてゲームするか、部室でまったりするかだな」
「まあ、それも夏休みの醍醐味だろ」
 苦笑いしながら返す周作に同意しつつ、十兵衛は予定のない大学生初めての夏休みの動向を思案する。夏休み中も部室の利用は自由とされており、管理を徹底することを条件に複数の部員が合鍵を所持していた。十兵衛もその一人であり、部室の利用も視野に入れつつ明日から予定を空想する。言うまでもなく、その予定には咲耶の動向が組み込まれており、この夏休みで相手との距離を縮めることが出来ればと思う。

 バイトの時間が差し迫り、しばらく会えなくなる周作に別れを告げ部室を後にする。退室する前に咲耶の方をちらっと見るが、相変わらず読書に熱中しており取り付く島もない。
 大学の最寄り駅へと歩みを進めながら、十兵衛は部室でのアバンチュールを想像する。ありがちな空想だが二人きりの部室で良い雰囲気になり、そのまま恋へと発展する。何かのきっかけがあれば十兵衛も口説けるのだが、サークル内でもガードが固くプライベートでも接点がない以上なかなかそのチャンスはない。大学進学と共に自然消滅した元カノとの件を忘れるくらい咲耶との出会いは大きく十兵衛の心を熱くしていた。

 悶々としたものを抱えつつ駅のホームで到着の列車を待つ。高校生の下校時間と重なっているためかホームには制服姿の学生が多く見られる。県外から来たばかりの頃はホームの多さや乗り換えに戸惑っていたが、今では完全に慣れてしまい都会人の一員になった面持ちでいた。
 到着時刻の五分前、携帯電話でニュースをチェックしていると真横に黒髪の女性が並び立つ。気配は感じていたもののその人物まではしっかり見ておらず、名前を呼ばれ始めてその女性が咲耶だと理解した。
「塚原、今ちょっといい?」
「えっ、先輩!? はい、大丈夫です」
 慌てながら携帯電話をポケットにしまい向き合う。普段からあまり話さないこともあるが、異性として意識しているぶん緊張度は割増しとなる。
「さっき部室で夏休みの予定がないって言ってたけど本当?」
 女性らしからぬぶっきらぼうな口調ではあるが、その端整な顔立ちから嫌な印象は受けない。同じサークル内では歴女の俺様口調な女子もおり、それと比べればかなり丁寧な部類に入る。
「はい、バイトの日以外は予定なしです」
 突然の問い掛けに緊張しながら答える。それを聞いた咲耶は少し間を置いてから話を切り出す。
「ときに塚原、君は剣豪に造詣が深かったよね。刀剣についても詳しい?」
「刀剣ですか、まあ一般人よりは多少は。それが何か?」
「妖刀の類を信じる?」
 妖刀という単語を聞いて十兵衛は真っ先に村正を思い浮かべ答える。
「妖刀は無いと思います。一番有名な村正も、流通量が多く比例して事件事故が多くて忌避されたに過ぎませんし」
「なるほど、因みに幽霊を斬ったとされる、にっかり青江の話も信じない?」
「にっかり青江自体は名刀だと思いますけど、幽霊斬りの話は村正同様創作だと思いますね」
「なるほど、ふむふむ……」
 創作という単語を聞いた瞬間、咲耶は嬉しそうな笑みを浮かべる。相手が何を意図して聞いているのか理解できず十兵衛は怪訝な顔をする。その様子に気がついたのか咲耶は申し訳なさそうに口を開く。
「回りくどくて済まない。つまり君は幽霊や呪いを信じないタイプって解釈でいい?」
「え、まあ、そうですね」
「いいねぇ~、ねえ塚原。夏休み暇なら私と付き合ってくれない?」
 予想もしなかった提案に十兵衛は驚き咲耶の顔を凝視する。しかし、次の瞬間放たれた言葉で背筋に冷たいものが走る。
「一緒に、呪いの仏像の真偽を確かめに行こう」

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